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Japan Turkey Global Association
Japan Turkey Global Associationは、かねてからトルコの方々との交流があった当協会の代表をはじめ、日本に住んでいるトルコの方々、トルコが好きな日本人や、ビジネスを深めて行きたい企業、団体、様々な方々の参画を通して・下記の事を実行をして行く協会です。
- 日本とトルコの素晴らしい文化や人の相互交流
- エルトゥールル号を始め、過去の歴史や出来事の伝承・啓蒙活動
- 日本とトルコの相互間ビジネスサポート
- 日本とトルコでのイベント企画、開催
- 記念品の企画、協賛、販売
以上の活動を通じて、日本とトルコの友好関係の発展に努めます。
トルコと日本の友好関係
トルコと日本の間には、世界でも稀に見る友好関係があります。その礎を築き上げるきっかけとなった出来事は、1890年に和歌山県串本町沖で遭難した軍艦エルトゥールル号に始まります。
1890年(明治23年)9月16日の21時頃、折からの台風により強風で煽られたトルコ、旧オスマン帝国軍艦エルトゥールル号は岩礁に激突、座礁したエルトゥールル号は水蒸気爆発を起こしておよそ1時間半後に沈没してしまいました。これにより、600名以上の船員が海上に投げ出されてしまったのです。
嵐の中辛うじて樫野埼灯台下に流れ着いた69名の船員は、灯台守により応急手当を受けます。お互い言葉は通じませんでしたが、灯台守は国際信号旗を使い、遭難したのがオスマン帝国海軍軍艦で有ることを知りました。灯台守からの通報を受けた大島村(現在の串本町)樫野の住民たちは、総出で救助と生存者の介抱にあたりました。
かねてからの台風で出漁出来ず、食料の蓄えも僅かであったにも関わらず、住民たちは浴衣などの衣類、サツマイモ、さらに非常用のニワトリまでも供出するなど、生存者達の介抱を献身的に行いました。
その結果遭難者たちは無事一命をとりとめ、さらにその後の日本政府の尽力により、無事オスマン帝国に返されました。その模様は新聞によって伝えられ、オスマン帝国の人々は遠い異国である日本と日本人に好印象を抱いたと言われています。
エルトゥールル号から今日まで
エルトゥールル号の遭難から今日まで、日本とトルコは友好関係を築き続けて来ました。民間人である山田寅次郎は日本の新聞を使って「エルトゥールル号事件の犠牲者の遺族に対する義捐金」を集めるキャンペーンを行い、自ら義捐金を携えイスタンブールへと渡ります。
エルトゥールル号事件をきっかけとした友好関係は1985年、イラン・イラク戦争におけるトルコ空港の日本救出劇を始め、2011年10月のトルコ東部地震では日本が迅速な救援活動を行うなど、今日までその友好関係は脈々と続いています。